キム・ジネ(金鎮愛)学院長のほっとなコリアガイド
ソウル韓国語アカデミー学院長・金鎮愛が日本にお住まいの皆様に贈る、心温まるほっとな情報をお楽しみ下さい。学院長が韓国語で送ってこられた文章を日本側窓口が翻訳をしております。
学院長室
受講生の方が来られて学院長と相談される場所にもなっています。
「ほっとなコリアガイド」もここで書かれています。
目次
- レッツ! 韓国語! 2000.4.25
- 日本の皆様、こんにちは。 2000.4.27
- 韓国の5月は家庭の月 2000.5.1
- 今日は師匠の日 2000.5.16
- 僕らも面白がろう 2000.5.22
- 韓国の白髪(しらが) 2000.6.1
- 現代の恋愛は女性中心? 2000.6.6
- 南北韓頂上会談 2000.6.17
- 韓国の2000年6月 2000.6.28
- 韓国のインターネット同窓会旋風 2000.7.7
1. レッツ! 韓国語! 2000年4月25日
韓国には“虎を捕まえようと思ったら虎の洞穴に入れ”ということわざがあります。ある事を成し遂げようと思うなら、その事の根元の場所に直接飛び込まなければならないという意味です。
韓国語の勉強をしようとお考えですか? あるいは既に韓国語の勉強を始められていて、頭では理解できても、口と耳がいうことをきいてくれないのではありませんか? 長い間韓国語の勉強をしてきたのに、もうこれ以上伸びないとお悩みではありませんか?
さあ、韓国語の本場、ソウル韓国語アカデミーにおいでください。ソウルの中心部で、生きて呼吸している韓国語を新鮮な気持ちで学ぶことができます。それと同時に、現在の韓国と韓国人の姿を全身で感じることができることでしょう。
2. 日本の皆様、こんにちは。 2000年4月27日
ソウルは今、雨が降っていますが、日本のお天気はいかがですか?
普通、雨が降ると、人々はとてもわずらわしく思いますが、昨日今日と降っている雨を韓国人はとても喜んでいます。今年の春は長い間雨が降らないので農作業が難しく、雪岳山で有名な江原道地方では大きな山火事があったりして、わたしたちは雨を待っていたのです。こうして、雨を待っている時に降る雨のことを“甘い雨”と言います。甘い味のようにおいしい、素敵な雨だという意味です。この甘い雨がやむと空気がきれいになり、草や木がよりいっそうみず みずしくなるでしょう?ですが、美しい花々が散るのはちょっと悲しいですね。日本の皆様も、花が散る前に春をうんとお楽しみ下さい。
3. 韓国の5月は家庭の月 2000年5月1日
韓国の5月は家庭の月です。5月5日は子供の日、8日は両親の日、15日は師匠の日です。
子供の日は、男の子と女の子の両方を祝い、デパートや遊園地などで行事があります。子供達が最も喜ぶ日です。 両親の日は、父母に感謝を捧げる日です。20年くらい前までは母の日でしたが、オモニ(母)のオとアボジ(父)のボをとって“オボイの日”とし、両親にカーネーションをつけてさしあげ、プレゼントをしたり、楽しい食事をします。
師匠の日は、先生に感謝を捧げる日です。“ススン(師匠)”というのは“ソンセンニム(先生)”の別の言い方ですが、本当に尊敬する良い先生をさします。この日には昔の先生や、今、教えてくださっている先生に電話をしたり、手紙を書いたり、贈り物をしたりします。学校では先生のために、学生や父兄が色々楽しいプログラムを準備します。このように色々な日があるので、5月は家庭の大切さを強く感じる月ですが、私のように、子供がいて、両親がいて、何人もの先生に感謝を捧げなければならない人は、1年中で最もお金が出て行く月でもあります。
日本の5月はどうですか?皆様も特別な計画がなければ、この文章を読まれて、久しぶりに子供達を抱きしめてみてください。そしてご両親と先生方に電話でもおかけになってください。
4. 今日は師匠の日 2000年5月16日
韓国で5月15日は師匠の日です。
師匠とは、教える人という固有の韓国語で、その中に尊敬と信頼の意味が込められている良い言葉です。単純に“先に生まれた”という意味の“先生”とは語感が異なります。
今日の師匠の日を迎え、各学校では先生にカーネーションを送って胸に飾ってさしあげ、先生のための歌をうたいます。また既に学校を卒業した子供達は昔の先生を訪ねて行ったり、手紙を書いたり電話をしたりします。そんなわけで、昔の先生の連絡先がわからない人々のために、携帯電話の会社や教育庁ではインターネットを通じて“師匠を捜す”サービスをしています。とても心温まる風景でしょう?
もちろん韓国も教室でだんだん先生に対する尊敬心や信頼感がなくなり、“教室が崩壊している”という話しも聞きます。しかし韓国のテレビ番組に、むかし自分と関係があった人を捜してくれる“テレビは愛を運ぶ”というのがあります。ここにでてくる人々の大部分が昔の先生をさがしている様子を見ていると、まだ先生は、いや師は愛と尊敬を受ける職業のようです。
ある初等学校では“先生”の代わりに“師匠”と呼ぶ運動をしているというニュースも聞きました。日本の皆様も、今、先生に電話をかけたり手紙を書いたりなされば、きっととても喜ばれることでしょう。
5. 僕らも面白がろう 2000年5月22日
とても変な題でしょう?
韓国で最も有名なソウル大学の、今年の学園祭のスローガンです。
文法的にはだめですが、学園祭を学園祭らしく楽しもうというスローガンです。
70年代の末から80年代まで、学園祭は若さを楽しむ饗宴というのではなく、独裁体制や間違った政治に抵抗するデモと学生運動の場でした。
しかし今や、21世紀を生きている大学生達は時代の状況に抑圧されることなく、楽しい学園祭を追求しています。新聞によると、多くの大学が学園祭を5月に行い、行事としては芸能人招待コンサート、スタークラフトチャンピオン選び、DDP大会、男女ペアつくり、腕相撲大会、などが行われたそうです。
また、暮らしに困っている人を助けるために献血運動を行ったり、食糧が不足している児童を助けるためのバザーもあったそうです。
このような学園祭の変化に対し、社会の消費文化をそのまま繁栄した軽々しい行事だという批判もありますが、急を要する政治的問題や大学内の問題がないこの頃、学園祭は学園祭らしく楽しもうという20代の意識をはっきり見せるものだと言えます。
日本の学園祭はどうですか?
6. 韓国の白髪(しらが) 2000年6月1日
先週末、久しぶりに時間があったので、娘に白髪を抜いてくれるように頼みました。白髪1本に50ウォンずつあげると約束しましたが、娘は5本しか見つけられなくてくやしそうでした。250ウォンしかもらえなかったからです。この頃、韓国では白髪がはえる人が多くなり、白髪が生えはじめる年齢も早くなっています。たぶん、ストレスが多いからでしょうね。日本ではどうですか?今日は少し、白髪についてはなしてみたいと思います。
年齢が幼い人とか若い人に白髪ができると“白髪”とは言わずに“若白髪”と言います。そして年を取って頭が白くなるのは“白髪頭”と表現します。もちろん、漢字語の“白髪”という漢字も使います。また、頭が白くなったことを“頭に霜が降りた”とか、“頭に雪が降った”とか言います韓国の結婚式では、主禮をする先生が、新郎新婦に“黒い髪がネギの根のようになるほど愛し合いましょう”と言うのをよく聞きます。ネギの根は白いので、白い髪になるまで永遠にという意味で使われています。
7. 現代の恋愛は女性中心? 2000年6月6日
韓国の詩に金素月の書いた“ツツジ花”というのがあります。
わたしにあきて いらっしゃるのなら 黙ってそっと送ります
寧辺薬山 花つつじ
胸いっぱい 摘んで 行かれる道に 撒いてさしあげます
一歩一歩その花を踏んでおいきなさいませ
わたしにあきて いらっしゃるのなら 死んでも涙をみせません
この詩は、愛する人と別れることは本当に悲しいが、その人にしがみついて苦しめたりせずに祝福して、自分の悲しみに耐えることを表現しています。この詩を外国人の学生に教えながら、誰が旅立ち誰が送る人かという質問をすると、西洋の学生達は女性が旅立つと答えました。しかし韓国の大方の人は男が旅立ち女が見送ると思っているので、私は西洋の学生の答えが不思議でした。
ところが最近韓国のテレビに“愛は動くものだ”という言葉とともに、一人の女性が前につきあっていた男性を捨てて新しいボーイフレンドとデートをしていて、前のボーイフレンドが涙を流しているという広告が出ています。この広告をつくった人も“愛は動くものだ”という言葉を10年前に使ったら問題になっただろうと思うほど、ここ数年の間に大きい変化がありました。
また別の広告では、図書館で勉強している女学生が別のテーブルで勉強している男子学生をポラロイドカメラで写した後、その写真を持っていって“私があなたを写した”と言います。“写す”という言葉は写真を写すという言葉にとどまらず、品物や人を心で決めるという意味があるため、この女学生はその男子学生を自分のボーイフレンドにしようとしているという意味になるのです。
私は今になってやっと西洋の学生達の答えを理解するようになりました。
8. 南北韓頂上会談 2000年6月17日
日本にいらっしゃる皆様方も南北韓頂上会談のニュースをご覧になったことでしょう。私は戦争を経験した世代でもなく、離散した家族がいるとか、故郷を失った両親がいるわけでもありません。けれど6月13日、南北韓の政治指導者が握手をする場面を見ているうちに鼻筋がずきずきし、目頭が熱くなり、テレビの画面をまともに見られませんでした。長い間分断されている韓国の、痛みの歴史と不幸が切なく悲しかったからです。そして55年ぶりに出会った彼らの姿が嬉しく、感激致しました。胸がいっぱいになりました。そして漫画映画の中毒になった子供のようにテレビが見たくてたまらず、この間早々に家に帰りました。
同じ場面を何度見ても退屈せず、朝も起きるとすぐにテレビをつけました。テレビから片時も目を離すことができませんでした。韓国ではテレビを“阿呆の箱” と呼びますが、この間のテレビは“阿呆の箱”ではなく、南と北をつないでくれる心やさしい仲人のようでした。このように浮き浮きし、胸がわくわくする経験は今までなかったことです。
こうして南北韓の第一次会談は終わりましたが、私は今回の会談を通じて、私たちが本当にひとつの民族であることを全身で感じました。これから先、南北の関係がどのようになるのかわかりませんが、必ず統一しなければならないという気持ちが一層確かなものになりました。今後、二次、三次と会談が続けられるなかで、より感動的なニュースが伝えられますようにと、心の底から祈っております。日本の皆様方も、どうか私と一緒に心で祈ってください。
9. 韓国の2000年6月 2000年6月28日
2000年の6月が過ぎていきます。
6月は皆様にどんな印象を与えているでしょう?“美しい6月の花嫁”とか“咲き誇ったバラの花”のような月でしょうか?
韓国の6月は少し悲しく憂鬱な月です。国を守ろうとして死んでいった人々を記憶する“顕忠日”が6日で、1950年に起こった朝鮮戦争が6月25日に始まったからです。
私が子供の頃には、毎年6月になると、戦争の苦しみを考えながら北韓の共産主義にうち勝たねばならないというポスターを描き、作文を書いて弁論大会をしました。その時大部分の子供達は北韓の共産主義者を狼とか悪い動物で描き、恐ろしい顔で表現したものです。
ところが6月13日から15日まで、南北韓の頂上会談があった後、韓国の6月はすっかり雰囲気が変わりました。北韓をわが国と同じ韓民族だと理解し始めましたし、最近は金正日シンドロームが起こっていますし、ラジオからは北韓の流行歌が時々流れてきます。デパートや食堂では北韓の食べ物が人気を呼び、コンピュータでは北韓を知ろうとするサイトが毎日増えています。
勿論まだ国軍病院や国立墓地には50年前の悲劇的な戦争の犠牲者がいますが、理念的な対立の時代から韓民族の和解の時代へと変わっています。
そんなわけで今年の6月は、これまで私が経験したどんな6月よりも暖かく、胸がじーんとしたまま過ぎていきます。これからずっと韓国の6月が、戦争の傷として記憶されるのではなく、民族和解、民族統一の月として記憶されるようになれば幸いです。
10. 韓国のインターネット同窓会旋風 2000年7月7日
近頃、若者達がたくさん集まっているソウルの新村や江南駅付近に行くと、週末の夕方に“やあ、おまえXXだろ?”と声を掛け合いながら同窓生と会っている姿がよく見られるそうです。
これまで同窓会といえば年に一回くらい集まり、お酒を飲みながらお互いの様子を尋ねあうのが一般的でしたが、この頃はインターネットにある同窓会サイトを通じて互いをつなぎあい、集まりを持っているようです。
同窓会サイトの名前も愉快で、“母校愛”、“同門.com”、“back2(to)school”、“竹馬の友”などがあります。このサイトを利用する人はコンピューターに慣れた20代が大部分で、彼らが会うのは、中学校や高校より小学校の同窓生が多いようです。小学校の同窓生は近くで暮らしていましたし、環境も似ていたからでしょう。また、幼いときの異性の友人が今どうしているのか会ってみたいようです。こういう人たちの中には、インターネット同窓会を通じて結婚まで至る場合も時々あると言います。彼らは毎日母校の同窓会サイトに入り、友人の話をしたり、昔の思い出を語ったりしながら、過去と現実を行ったり来たりしているようです。
そのうちのある人は、なくなってしまった同窓会をインターネットを通して再開させたそうです。
いずれにせよ、人の集まりが大好きな韓国人にはうってつけのサイトです。日本の皆様もこういうサイトに入ってみられてはいかがですか?懐かしい顔や美しい思い出が待っているかもしれません。
