コラム

キム・ジネ(金鎮愛)学院長のほっとなコリアガイド

金鎮愛学院長

金鎮愛学院長 教室にて

目次

ハングルフォント入手先

11. ソウルの夜はふくろうたちの世界 2000年7月14日

“ふくろう”は夜行性の鳥の名前ですが、夜にだけ活動する人たちをふくろうと呼んだりします。最近ソウルは、このように、夜にばかり活動する人々でにぎわっています。
以前は、衣類を専門的に売る南大門市場や東大門市場だけが深夜に商売をしていることで有名でした。しかしこの頃、コンピューターを利用して各種の事業を行う江南のテヘラン路では、コンピューターの専門家達が夜通し働いていることが多く、いつまでも明かりの消えない事務所が増えました。この事務所の周辺には、24時間営業をしている食堂や、中華料理の配達や、スポーツセンターや薬局、それに美容院まであります。
また、スーパーの特売場には、共稼ぎで忙しい若い夫婦が夜遅くに買い物に来るため、夜の12時以後にむしろ駐車場が混みあうほどです。
若者の街として有名な新村の映画館では、夜の12時から朝の6時まで映画を3編見られる深夜チケットがすぐに売り切れになるそうです。特にこの頃は暑いせいもあり、わざわざ夜遅い時間に集まったり、買い物に行く人たちが多くなっています。今やソウルの夜は、仕事と文化を楽しむふくろうたちのせいで、眠ることがなくなりました。

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12. ああ、おかあさん! 2000年7月28日

今朝、韓国の全新聞の第一面を飾った記事は“109才のおかあさん、生きていらっしゃったのですね”です。この題の下に、涙を流している71才の老人の写真が載せられていました。
南北韓頂上会談後の第一陣として、8月15日に南北韓の離散家族が会うことになりました。その準備として、南と北に別れ別れになっている家族の生死を確認する作業が行われていますが、その中で、この71才のおじいさんは、もうおかあさんが亡くなったと思って兄弟の生死だけを尋ねていました。ところが意外なことに、まだおかあさんが生きていらっしゃったのです。
このおかあさんは、一体どうしてこの年齢まで生きることができたのでしょうか? 韓国では100才を越える長寿は少ないので、109才のこのおかあさんは特別健康に恵まれていらっしゃるのかもしれませんが、私にはどうしても、幼い頃に別れた末息子に会いたい一心でこれまで生きてこられたように思われてなりません。
韓国には、“会いたい人がいると死んでも目をつぶれない”という言葉がありますが、このおかあさんこそ50年間、末息子を待ちながら生き続けて来られたのではないでしょうか?
“母”というその偉大な名で息子を待っている老婆の話を読みながら、一方で韓国の痛みの歴史があまりにつらく思われ、また一方では母と息子の切っても切れない情を感じて胸が詰まりました。
このように、出会いを待っている離散家族が韓国に数万名いますが、今回はわずか100名だけが北韓の家族に会うことになりました。これから先、色々な問題が早く解決されて、休戦ラインのこちらとあちらで50年間流され続けた母達の涙が拭われることを、切に願います。

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13. 何より秋夕がいい? 2000年9月6日

韓国の秋夕
陰暦の8月15日は韓国で秋夕と言います。別の言葉で仲秋節、又はハンガウィとも呼びます。今年は陽暦の9月12日がその日にあたります。真夏の暑さが過ぎ、夏の間に苦労をして育てた農作物を収穫しながら、1年の野良仕事や健康や家族の幸福などを先祖と神に感謝する日です。
暑くも寒くない良いお天気、豊かに実った穀物と果実を得られたことの感謝を捧げる日であり、隣人に対しても他のことに対しても余裕を持って接することが出来る日です。
最近、韓国の秋夕は3日間の休日です。そのうえ今年は月曜日から始まるため、前の土曜日、日曜日を入れると5日間の休暇となります。
秋夕の日、韓国ではソンピョンというお月様の形をした餅をつくり、朝早く先祖に感謝をする茶禮を行います。その後、先祖の墓にお参りをして墓の周りの草を刈り、食べ物を供えてまたそこで祭事を行います。これを省墓と言います。これらは一家の重要な儀式なので、家族や親戚がみな集まります。
また、久しぶりに家族や親戚に会うためにみなが故郷に帰ります。
そんなわけで高速道路には車が溢れ、道路はまるで駐車場のようになってしまいます。ソウルから釜山まで5時間の道が、この時は20時間かかります。そんな大渋滞の道路上でも人々は心楽しく待っています。久しぶりに家族や親戚に会えるという期待と、彼らにあげるプレゼントで心は浮き立ちます。
ソウルではもう既に秋夕の準備が始まりました。デパートや市場や、そしてインターネットのショッピングガイドまでが大忙しです。あちこちでプレゼントを贈ったり受け取ったりしながら感謝の気持ちを表現し、家族間の愛も確かめ合うのです。こんなふうに素敵な秋夕(ハンガウィ)、だからこんな言葉が出てくるのです。
“多すぎることもなく、少なすぎることもなく、ハンガウィが最適だ”

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14. 10月に 2000年10月6日

もう10月です。
新しい千年が始まるということで、そわそわした心で新年を迎え、韓国のあちこちで日の出を見ようと山や川に押しかけたことがまるで昨日のようですが、もうすっかり秋ですね。
皆様は10月になって、どんなことをお考えですか?
韓国の10月は1日の国軍の日で始まります。その日は軍人の色々な行進があり、軍隊で苦労している軍人たちも少しは休める日です。3日は開天節です。民族の始祖である檀君が関係した神話に依拠して、韓国の歴史が始まる日です。そして9日はハングルの日です。世宗大王がハングルを作ったことを記念する日です。昔は、今わたしが紹介した日がみな祝日でしたから10月はとても休日が多い月でしたが、数年前から祝日を少なくしたために、現在は3日の開天節だけが休日となりました。
ですが、たとえ休日が減っても、やっぱり10月は良い月です。昔から韓国人は“10月上月”と呼んで、あちこちの自然の神々や先祖に感謝をするのに最も適した月と思っていました。そして色々な祝祭も多かったそうです。穀物や果実がたわわに実り、天気も良くて、人々の暮らしも心も一番豊かな月だったようです。
私は個人的に、10月こそ最も秋らしい実りがあって素晴らしいと思っています。紅葉も美しく、肌寒いですが快適ですから。そして何よりも人恋しくなります。暖かい言葉の一言も掛け合いたくなるのです。韓国では最近、屋台に行く客が増えているそうです。肌寒い夕暮れに屋台で焼酎を一杯飲んで懐かしい人々と話し合うことができれば、いつのまにか心も体も暖かくなるのです。
私も今年の10月は、懐かしい人に連絡をするつもりです。そして、日が暮れる頃に屋台に座り、焼酎一杯を前にして、つもりにつもった話をしたいと思います。

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15. 韓国の還甲(還暦) 2000年10月6日

私は明日、義兄の還甲(還暦)祝いに出席します。一番上の姉の夫が61回目の誕生日を迎え、大きい祝宴を行いますから。日本でも還暦を重要な誕生日と考えていますか?
韓国では毎年の誕生日も重要ですが、特に重要視する誕生日が二回あります。生まれて初めての誕生日はトルといって、たくさんの食べ物を準備して人々を呼んでプレゼントを頂き、子供が健康に育つことを願う祝宴をします。このとき金の指輪をプレゼントするのが普通です。
二回目に重要な誕生日は61回目の還暦です。多くの人々はなぜ61回目の誕生日が重要なのか、そしてなぜ還甲または回甲と呼ぶのか不思議に思っていることでしょう。
最近は、普通、自分の誕生日を言う時は1972年生まれ、1953年生まれなどと言いますが、昔は年を言う方法が異なりました。10天干と12支を一文字ずつ連結して年の名前を作りました。例えば、甲子年など、このようにすれば全て60の年を作ることができ、自分が生まれた年と二文字が同じ年になるのは60年後に可能です。その時まで死なずに生きていることは昔はとても難しかったことでしょう。そして“同じ年が戻ってきた”という意味で“還甲、回甲”と呼んでいます。
還甲(還暦)の日には家族や友人、隣人、会社の同僚など、皆が集まって祝い、食事をして酒を飲み、歌も歌い、踊りも踊って遊びます。
しかし最近は医学の発達によって長生きする人が多いため、還暦といってもそれほど年寄りとは思わなくなりました。ですから祝宴を行わずに夫婦で静かに旅行をする人も増えました。
日本にはこういう風習がありますか?

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16. 蒸しパン 2000年10月13日

昨日から寒くなりました。今朝のソウルの最低気温は4度まで下がり、江原道の山間地方には、今年初めて、凍り付くだろうという予報もありました。
季節が次第に寒くなると、皆様は何を思い浮かべられますか?手袋、マフラー、暖炉、やきいも?
韓国には、寒い日になると思い浮かべるものがもう一つあります。“ホッパン”または“チンパン”と読んでいるパンですが、小麦粉で練った粉の中に、塩で味を付けたあずきそのまま入れて丸めたパンです。
寒い日には町の小さいスーパーで、ほかほかのその蒸しパンを買って食べます。そこでは、電気を利用した蒸し器の中にパンを入れて常に蒸してあります。蒸し器から出したところの蒸しパンは、ほこほこと湯気がたって、見た目にも暖かく、おいしそうです。最近は若者の嗜好に合わせるために、あずきの代わりに野菜やピザやサツマイモを入れたパンもありますが、やはりあずきを入れたものが一番よく売れるそうです。昨日から、この蒸しパンの機械が目に付き始めたところを見ると、本当に寒くなってきたようです。冬の準備をしろという合図なのでしょう。
皆様も、韓国に来られる機会がおありでしたら、一度召し上がってみてください。値段も300ウォン位ですからとても安いです。ああ、それで、太って顔が丸々とした人を見ると、韓国では“チンパンそっくりだ”とも言います。

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17. KBSで放送されたソウル韓国語アカデミー 2000年10月25日

先週の水曜日に、ソウル韓国語アカデミーが韓国のKBS放送で紹介されました。そのプログラムは「水曜企画」というドキュメンタリープログラムで、10月9日の「ハングルの日」を迎えて、“韓国語を学ぶ日本人”という題で作られました。そして、韓国語教育専門機関としては唯一、ソウル韓国語アカデミーが紹介されることになったのです。
この学院が選ばれることになった最も大きな理由は、今、皆様が読んでいらっしゃる、このホームページを熱心に見てくださったおかげです。そしていつもいつも、もっと良いホームページを作ろうと、努力なさっている日本側窓口の平井さんのおかげでもあります。そしてまた、この学院で約3週間ほど勉強された、韓国語専攻の日本人女子学生が積極的にインタビューに応じてくださり、授業を受けている様子を撮影するときにも協力してくださったおかげです。
このプログラムを見ながら、いろいろなことを感じました。私は長い間、韓国語教育をおこなってきましたので、多くの日本の方々が韓国語を学んでいらっしゃることは知っていましたが、放送を通じて紹介された韓国語学習者の熱気は、想像を超えていました。一日の仕事を終えて学院で韓国語を学び、その後また家で韓国語のビデオやテープを聴いていらっしゃる姿を見て、私は非常に感動しました。韓国語を学習なさっている方々の最初の動機はそれぞれ異なりますが、いずれにしろ、外国語にここまで関心を持つというのは容易なことではありません。韓国語を教える立場の私としては、ただ感謝するばかりです。
今もまだ韓国と日本の間には多くの歴史と文化の違いがあり、そして時々は残念な思いが湧き起こることがありますが、こうして、お互いを知ろうと努力をする姿を見ていて、いつかきっと両国は隣国(距離的にではなく精神的に)になるに違いないと思いました。これからも、両国の関係改善の一翼を担わなければならない私としましては、重い責任を感じるようになりました。すべきことが山積みされていることもよく分かりました。韓国語を学習されている皆様方も、元気で頑張ってください。私も一生懸命教えるつもりです。そしてこの放送が、できるだけ早く衛星放送を通じて日本に紹介されることを願っています。

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18. 韓国人が好んで使う単語ベスト10 2000年10月27日

数日前、新聞におもしろい記事が出ました。高麗大学の教授と大学院の学生たちが、韓国語の語彙の使用頻度に対する統計を出して発表しました。
その研究によると、1000個ほどの単語を知っていたら、韓国語の75%ができるというのですから、韓国語の学習者や韓国語に関心のある方には興味のある記事ではありませんか?韓国語が難しいと考えていらっしゃる方々は希望が湧いてきませんか?下の表をご覧になり、ここに出ている単語を必ず覚えれば良いのです。この表以外にも、韓国人が始終使っている固有名詞は、“韓国、ソウル、日本、アメリカ、(姓の)金、中国、北韓、高麗、朝鮮、新羅”などですが、ここでも「日本」という単語が三位となっているのはおもしろいことです。
一般名詞では“社会(7位)、国、政府、世界、時代、国家”などが30位内に入っていて、“国民、政治、地域”なども50位内に入っています。これを見ると、現代の韓国人がどういうことを考えているのかよくわかるでしょう。韓国の姓氏の使用も興味深いですが、「金」の次には「李、朴、崔、鄭、丁、盧、洪」の順序で現れるそうです。この資料が皆様の勉強に役立てば嬉しいです。

韓国人が好んで使う単語ベスト10
順位 名詞 動詞 形容詞 副詞 感嘆詞
1 ひと する ない/いない もっと 本当/真実
2 いる/ある そうだ もう一度 そう
3 なる 同じだ ない(否定形)
4 言葉 みる/試みる どうだ よく/うまく
5 社会 対する こうだ 最も さあ
6 〜のためにする ちがう 一緒に いいえ
7 問題 言う 大きい まさに はい
8 文化 行く 多い みんな/全部 うん
9 受け取る 良い 〜なしに さあ/まあ
10 場合 見せる/見える このようだ みんな ああ

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19. ペペロデーをご存じですか。 2000年11月15日

私の娘はいま中学1年生です。この頃は季節の変わり目なので、私も娘も風邪で苦労をしましたが、先週の金曜日の夕方、冷たい風が吹いているのに、娘は“ペペロ”というお菓子を買いに出かけると言うのです。私は明日の朝にしたらどうかと言いましたが、娘は、友人にあげるために先に買って包装をしなくてはならないと言います。娘が言うには、11月11日は“ペペロデー”だそうです。
韓国では、痩せた人を“ペペハダ”と言います。韓国には、お箸のような細いお菓子にチョコレートをかぶせたものがありますが、このお菓子の名前が“ペペロ ”です。11月11日は1が4つもあり、“ペペロ”のような日付だそうです。そして子どもたちはこの日に友人に“ペペロ”をプレゼントして、スマートになってねと言うのです。これは仲の良い友人に好感を示す行事となり、女子学生はボーイフレンドに、男子学生はガールフレンドにプレゼントするそうです。
この特別な日は約3、4年前から始まったのですが、おそらくこのお菓子を作った会社が、商品を販売するために考え出したのでしょう。ですが、子どもたちは会社の商売に対して批判的にならず、勉強と試験に追われるおもしろくない生活の中で、少しでもゆとりを感じられるこのような日があることを楽しんでいるようです。
“ペペロデー”だけではなく、指輪をプレゼントする“リングデー”、バラをプレゼントする“ローズデー”、チャジャンミョンを一緒に食べる“ブラックデー ”などもあるそうです。勿論、日本と同様、“バレンタインデー”も“ホワイトデー”もあります。いずれにせよこれは、2000年代を生きていくために、おもしろくない学校生活を少しでも活気のあるものにしようとしている韓国の青少年の姿です。ああ、そうそう、それで娘に、この“ペペロ”を誰にあげるのかと聞いたところ、「うーん、先生にあげるだけよ」と答えましたが、それが本当か、或いはボーイフレンドにあげるのか、まだ私は知りません。ちょっと気になりますが、知らないふりをするほうがいいでしょう?

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20. 越冬用のキムチを漬ける季節 2000年11月25日

冷たい風が吹き、江原道の山間地方に初雪の便りが聞こえる頃になると、韓国の主婦は気持ちが焦ります。そろそろキムチを漬けなければならないと思うからです。今年もそんな、キムチを漬ける季節になりました。あちこちに山積みされた白菜と大根、その他の野菜、そして数種の薬味が見えます。しかしこの頃はキムチを漬ける季節になっても準備をせず、外で買って食べたり、キムチ工場に注文して食べる人が多くなりました。
数日前の新聞記事によると、20代、30代の主婦は15%ぐらいしかキムチを漬けず、その他の大部分の主婦は買って食べたり、夫の母親や自分の母が漬けたキムチをもらってきて食べているそうです。
何と言ってもキムチは家で直接漬けて食べるのが一番おいしいです。私が幼い頃は食べる物が充分ではなかったので、冬の間ずっとキムチとキムチチゲが大切なおかずだったため、どこの家でも100株ぐらいキムチを漬けました。庭中に積まれた白菜を、母が村の主婦達と一緒に寒い戸外で塩漬けにし、洗い、そして辛い薬味を和えて葉のあいだあいだに入れると、おいしいキムチになります。その間に父は日当たりの良い庭の片隅を掘って、数個の瓶(かめ)を埋めます。そのかめに入れておくと冬の間ずっと味が変わらず、キムチ固有の味を楽しむことが出来ます。このようにキムチを漬ける日になると、私は和えたばかりの辛い薬味を白菜の葉に包んで食べて、そのあまりの辛さに町内中を一走りしてからまた家に戻って食べたものです。
ところが最近は色々なおかずがあるので、キムチが段々隅に追いやられて食べる量も減りました。瓶(かめ)の変わりにキムチ冷蔵庫という保存用冷蔵庫もあって、昔風のキムチを味わうことが少なくなりました。それでも私の家ではまだ買って食べずに、夫の母と一緒に来週あたりキムチを漬ける予定です。やはり家で漬けたキムチがおいしいからです。
それはそうと、キムチを漬けてくれる夫の母親の態度をランク付けし、1位、2位、3位、4位に分けるという話しがあります。何月何日にキムチを漬けるという話しをして嫁に手伝わせる夫の母親は4位、キムチを漬けた後で連絡をして嫁に取りに来なさいという夫の母親は3位、キムチを家まで持って来てくれる夫の母親は2位です。さて、1位になるのはどんな、夫の母親でしょう?アパートの管理室にキムチを預けて帰ってから嫁に電話をし、キムチが管理室にあるから持って行って食べなさいと言う夫の母親が1位だそうです。

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21. 班長(クラス委員長) 2000年12月9日

数日前、息子が得意げに一枚の紙を私にすっと差し出しました。その紙は任命状で、息子を12月と2月の間(1月は冬休みです)会長に任命するというものでした。息子はまだ小学校3年生ですので、各クラスの代表を選挙で選ぶのではなく、順番制で会長を決めているようです。
長い間、韓国の学校では、クラスの代表として班長(クラス委員長)と副班長(副委員長)を選びました。ほとんどいつも、勉強が良くできて、経済的に豊かで、クラスメートに人気がある子どもが班長になりました。そんなわけで、班長という肩書きは羨望の的になりもしました。ある母親は自分の子どもを班長にしたくて、しょっちゅう学校に行って担任の先生を訪ねたり、子どもの友達を招待しておいしい食事でもてなしたりしました。こういう母親の行き過ぎた姿を、普通“チマパラム”といいます。
(チマパラムは直訳するとスカートの風です。母親がせかせかと歩くとスカートが翻って風がまき起こるので、それを称してチマ「スカート」のパラム「風」と言います。少し批判と揶揄を込めた言葉のようです。訳者説明)
班長選挙の日、子どもたちはうわべでは班長になることに関心がないかのような振りをしながらも、自分が候補になると、用紙に自分の名前を書く子どももいますし、たまには落選した子どもが泣き出すこともありました。
このように、班長という肩書きが関心の的になり過ぎて、母親のチマパラムの原因ともなるため、最近は名前を会長と変更して、できるだけ多くの子どもたちが会長になれるような制度に変更しました。しかし名前が変わっても、会長や班長になりたいと子どもたちが望んでもいるため、4年生以上は班長の選挙運動も行いますし、友達の人気を得ようと努力している子どももいます。
ある政治家は、国会議員の選挙に出馬した時、自分が小学校の時から一度も班長の席を奪われた事がないと力説しました。いかにリーダーシップがある人間かを主張したわけです。
ところが最近は、勉強が良くできる模範生が班長になるのではなく、遊びが上手でおもしろい子ども、友達を笑わせてくれる子どもが班長になることが多いと言います。模範生は勉強が良くできて先生にかわいがられますが、子どもの目から見るとおもしろみのない子どものように写るのでしょう。むしろいたずら好きで、運動やダンス、歌が上手な友人の方がずっと人気があるから班長になるのです。
いずれにせよ私の息子は、選挙を通じて班長になったのではありませんが、数週間だけでも班長を経験するのが嬉しいのか、急に宿題も一生懸命するようになり、学校にも早く行きます。班長の役目をきちんと果たすためです。やはり班長という肩書きはまだ素晴らしいもののようです。

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22. 焼き芋と鯛焼き 2000年12月17日

日増しに寒くなっていくこの頃、人々は家路を急いでバスを待っています。足が冷えるので足踏みを繰り返したり、はーはーと息を吹きかけて手を暖めながら待っています。こんなふうに待っている時や、歩いている時に、急に食べたくなるものがあります。それは値段の高いカルビやピピムバップではなく、街頭で売っている安い食べ物です。街頭の店は冷たい風を避けるためにテントを張っているところが多いです。そこに行くとトッポッキやティギム、スンデ、おでん(韓国語ではオムクと言いますが、まだ日本語が残っていて、おでんと言う人が多いです)キムパプなどがあります。
しかし、冬に最もふさわしい食べ物はやはり焼き芋と鯛焼きのようです。市場やアパートの前で焼いて売っている焼き芋は、そのおいしそうなにおいのおかげで通行人の足を止めます。そしてまた、田舎で育った人々は、家族が集まって食べた幼い頃の冬の夜の思い出が蘇って足を止めることになります。
鯛焼きは、鯛焼きの形をいくつもつくった鉄板に半熟の小麦粉を入れて焼き、その上に小豆を入れて、次に塩を少し加えて味付けをしてから、また上に半熟の小麦粉をかけて裏向けて焼きます。鯛焼きは6個ほど一度に焼けるようになっていますから、皆が全く同じ形に焼き上がります。この頃は3個1,000ウォンで売っています。まだ韓国では安いおやつです。
ところで、どうしてそうなのかは知りませんが、このパンは寒い冬にだけ見かけます。冬の街にふさわしいおやつになってしまったのでしょう。
実は、この鯛焼きの形がみな同じに焼き上がるせいで、韓国では、顔がそっくりな親子を“鯛焼き”と言います。日本では、寒い冬に、街でどんな食べ物を売っていますか?

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23. 雪、雪、雪 2001年1月12日

「過猶不及」という昔の言葉があります。これは「度が過ぎると足らないよりひどい(過ぎたるは及ばざるがごとし)」という意味です。今のソウルの雪がその通りです。今年の冬は初雪がなかなか降らず、人々はいまかいまかと待ち望んでいました。クリスマスイブに大雪が降り、人々はホワイトクリスマスを喜びました。ところがその雪が溶ける頃の土曜、日曜にかけて雪が降り続け、ソウルは20年ぶりの大雪に見舞われました。
そして韓国全土が雪国になってしまいました。雪が降りすぎたせいでバスや自動車の運転が危険になり、空港も、まともに飛行機の離陸、着陸ができなくなりました。有名な観光地の雪岳山や済州道に週末旅行にでかけた人たちは、普段なら3〜4時間で帰ってこられるところを18時間もかかったり、または翌日にやっと到着したりしたそうです。またその上、先週の日曜日は一部の大学の試験日であったため、地方の学生たちは試験を受けに大学に行くことが出来ず、地団駄を踏んだそうです。
問題はこれだけで終わりませんでした。雪が降ったあとで気温が下がり、道が全て凍りついてしまったのです。そのため交通問題が発生しました。そしてそのうえ、凍りついた道の上に昨夜また雪が降りました。
これこそ「雪上加霜」というものです。道はますます滑りやすくなり、人々はあちこちでころんでいますし、自動車はタイヤが回って前に進むことが出来ません。
ところが今のこの状態で、私たちをもっと心配させているのは、明日ぐらいにはまた雪が降るだろうと言う天気予報です。
普段、天気予報は時々はずれて私たちを失望させますが、今度ばかりは天気予報が当たったらどうしようと皆が心配しています。韓国語の「ソルソル」という擬態語は、子どもが歩き出す前に部屋を這いまわる姿や、他人の前で小さくなって行動する様子を表現しますが、最近の韓国人は雪(ソル)のために道を「ソルソル」這っています。

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24. お正月(旧正月) 2001年1月19日

数日後の1月23日は陰暦の1月1日(お正月)で、その前日と翌日を合わせて3日間の連休です。秋夕と並んで韓国では最も大切な名節です。新年が始まる日なのです。昔はこの日、特別に新しい服を作ったり買って着たりしまして、これを「ソルビム」といいました。最近はいつでも新しい服を買って着ることが出来るので、都会ではこの言葉をあまり使いませんが、田舎ではまだ「ソルビム」として新しい服を着る人たちがいます。
お正月の朝は早く起き、料理を用意して先祖にお供え(茶礼)をし、そして雑煮を食べます。雑煮は白米でパイプのように長い餅を作り、これをしばらくして固くなってから丸く切っておいしいスープに入れて煮て食べます。雑煮を丸く切るのは、その模様が銅銭のようにできあがるため、たくさん食べてお金を儲けようという意味があるのだそうです。
韓国ではこの日、雑煮を食べながら年齢を加算します。1歳増えるわけですね。幼い頃、大人たちが「雑煮を食べたから1歳また年をとった」と言いました。私はもっと年をとりたくて、雑煮をお代わりしたこともあります。でも最近は雑煮を食べたくありません。年齢が増えて困ります。
雑煮を食べたあとは大人たちに挨拶(歳拝)をします。この時に「新年も幸福がたくさんありますように」とか「おじいさん、今年もお元気でいてください」と言います。挨拶(歳拝)を受けた大人たちはお年玉を子どもたちに渡しながら、子どもたちに良い言葉を即ち徳談をします。例えば「今年は必ず結婚しろ」とか「良い大学に入学することを祈る」などと話をするのです。
雑煮を食べた後、ある家は先祖の墓前に簡単な料理を供えて挨拶をする「省墓」に行きます。我が家では「省墓」には行かず、家族が集まって「ユンノリ」のような遊びをしながら楽しい時間を過ごします。子どもたちはお年玉をたくさんもらおうと、隣の家に挨拶に行ったりします。私のような大人たちは、新年に親戚の家を訪問するのが礼儀なので、2日にも挨拶をしに親戚の家を回ります。
私の場合は夫の両親や親戚がソウルに住んでいるから挨拶回りも楽ですが、地方に両親や夫の実家がある場合は、帰郷するにも普段より2倍も3倍もかかる時間を費やさねばなりません。それでも、待っている両親や親戚や友達のために、みなは諦めずに帰郷するのです。故郷に着いたらたまりにたまった話をし、暖かい家族の愛情を受け、のどかな田舎の人情をもらって帰ってきます。そうすると、またソウルという都会で懸命に生き抜く力を発揮することが出来るのです。

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25. 新年を迎えて 2001年1月27日

日本ではお正月が過ぎてからもう一ヶ月以上にもなるのに、「新年を迎えて」と書くのは少しおかしいかもしれませんね。ですが多くのアジアの国々は陰暦の1月1日を新年として祝い、一年の始まりとして生活していますので、文化の違いだと考えてください。
韓国でも、新年に新しいことを始めようと決心する人がたくさんいます。例えば、「1月1日からタバコをやめよう」「運動を始めて健康な体をつくろう」「ダイエットして痩せよう」「一生懸命に勉強をして良い成績をとろう」などなどです。ところがいつも決心はたやすく、実行は非常に困難です。いちにち、ふつかは続きますが、みっか、よっかになるとだんだん決心が弱まり、体も怠けようとし始めます。結局一週間か二週間のちになると新年の決心は何処へ行ったのやら、跡形もなくなってしまいます。もしかしたら今頃、日本の皆様の決心はどこかに行ってしまったのではありませんか?このように、すぐに決心を忘れてしまうことを韓国語で「作心三日」と言います。
もうひとつ、その年の運勢を占う「土亭秘訣」(著者:イ・ジハム:1517-1578 朝鮮時代)があります。この本は易経を活用して個人の人生をみつめ、開拓する道を開いてくれる本です。人間が自然と共に生きながら感じる人生のあれこれを144種類(卦)に整理して解き明かしたものです。この本はイ・ジハムの号である「土亭」をつけて「土亭秘訣」と呼ばれ、新年になると開いて自分の運勢を占ってみるのです。
昔は誰もがこの本を読んでその内容を信じましたが、今は、新年の楽しみに見ているに過ぎません。ですがその内容に、自分が気を付けなければならない部分があれば参考にしたり、良いことが書いてあればその時期を待ってみたりして、暮らしの潤滑油のような役割を果たすこともあります。昔は、おじいさんたちが路上に座っていて、5,000ウォンほどのお金を出すと「土亭秘訣」を見てくれましたが、この頃はインターネットの「土亭秘訣」もあり、コンピューターで自分の一年の運勢を占う若者が増えました。私はどうも、コンピューターと「土亭秘訣」は似合わないように思います。皆様はいかがですか?

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26. 陰暦の正月15 2001年2月7日

今日は陰暦の正月15日です。
夜空に浮かぶ月は毎日その模様が変わります。陰暦の1日、2日、3日は小さくてかわいい“新月”、7日、8日頃は“半月”、そして15日には丸い“十五夜の月”が浮かびます。十五夜の月は一年に12回ありますが、韓国では正月の月が一番大きいという意味で“大十五夜の月”と呼びます。実際に月が大きいという意味でもありますが、一年の最初の月ということで重要視しているのでしょう。
この日は五穀米を食べます。五穀米は米、餅米、大豆、小豆、粟、唐黍などを入れて炊きます。普通のご飯より粘りけがあっておいしいです。野菜の和え物も三・四種類用意します。九種類もの和え物を用意する家もあります。
この日の朝には、胡桃、落花生、栗、朝鮮松の実など固いものを噛んで食べます。これを“プロム”と言います。昔は食べ物の種類が少なくて栄養が不足しがちだったため、“プスロム(できもの、はれもの、吹き出もの)”という皮膚病が流行りました。そのため、栄養価の高いこれらの果物を食べて“プスロム”にかからないようにしました。また、固いものを食べると歯が丈夫になると考えました。
この日の朝に家族や友人に会うと、その人の名前を呼びます。その人が“はい”と返事をすると、“わたしの暑さを買って下さい”と言って夏の暑さを売ります。これは、夏になって、自分が夏負けをしないためのおまじないです。
夕方になると、月見をしに山に昇ったり、ビルの屋上に上がったりします。十五夜の月を見ながら願い事をすると、願いが叶うと信じるのです。そして夜になると“チブルノリ(陰暦正月の初めの子の日に、農家でネズミを追い払うために田畑の畦に放つ火をチブルという。ノリは「遊び」)” をします。これは空き缶に穴をたくさん開けてその中に木を入れて燃やし、その空き缶にひもをつけてハンドバックを振り回すように回します。すると暗い夜に赤い火が円を描きます。最後にはその火で田畑に火を付けて燃やします。こうすると、田畑のネズミや悪い虫が死んで、田畑の肥やしになるからです。ソウルのような都会では火災のもとになるので出来ませんが、とても残念です。
陰暦の正月15日は、様々な行事を通じて、新しい年を迎える準備をする日です。特に、農事の準備をする日でもあります。
韓国では、顔が丸くて大きい人を見ると“十五夜の月のようだ”と言います。昔はこういう顔が美人顔だったのですが、最近は小さい顔が美人顔と思われているため、言われた人は不愉快に思うでしょうね。

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27. 韓国の春 2001年4月9日

日本の皆様、お元気でしたか?
長い間、挨拶も出来ず申し訳ありませんでした。

日本の春の便りはどこからくるのでしょう?
おそらく南の方の沖縄あたりからではないでしょうか?
韓国もやはり済州島から春が始まります。春を告げる最初の花便りが梅というのは日本も韓国も同じです。
しかし、韓国で春を最も春らしく彩る花は黄色いチョウセンレンギョウと紅色のカラムラサキツツジです。チョウセンレンギョウは、道路沿いや町のあちこちに咲いています。色が鮮やかな黄色なので人の目を引き、華やかな春を感じさせてくれます。
一方、カラムラサキツツジは山に咲く花です。暖かい春の日に車や汽車で遠出をすると、山を美しい色で飾っているカラムラサキツツジを見ることが出来ます。
カラムラサキツツジは山でひっそりと咲いているので、時々、恥ずかしがり屋の田舎の娘さんという感じもします。
ちょうどいま、ソウルは、チョウセンレンギョウとカラムラサキツツジの盛りです。韓国にいらっしゃる機会があれば、必ずこれらの花をご覧になって、春を満喫なさってください。

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28. 電話機の発信者表示システムについて 2001年4月9日

韓国では、4月から電話機に発信者の電話番号を表示するサービスが始まりました。日本から来ている留学生から聞いて、日本では既にこのサービスが始まっていることを知っていましたが、韓国はこれからです。
多くの人は、誰から電話がかかってきたかがわかると、出たくない電話にでなくてもいいので助かると言っています。また、いたずら電話をする人や、へんな電話をかけてくる人を追跡調査することができるので利点が多いように思います。
ところが私は、このサービスが始まってから、私たちが失ってしまったものがあるように思えていささか寂しいです。電話のベルが鳴ると、誰からだろうと気にしながら受話器を取る“ときめき”のような感情がなくなったからです。別れた恋人やガールフレンド、そしてボーイフレンドに会いたい時、顔を見ることが出来なくても電話をかけて、ほんのしばらく”もしもし”と声だけでも聞こうとする機会がなくなってしまったからです。
科学の発展に感謝しますが、その分、失ってしまった人々の感情に対して残念に思う私は、どうやら旧世代のようです。

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ソウル韓国語アカデミー